左足のペテン師

ライン際からクロスをあげたり。
中に切れ込んでシュートを打ったり。
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4周年に思うこと。
090118_2301~01.jpg
1月18日、23:00。


早いもので、交通事故から丸4年が経ちました。



赤信号。
交差点の先頭で待つ原付バイクの僕。


青信号に変わり、徐行して交差点の中央へ。
停車。

向かいより直進する対向車が通り過ぎるのを待ち。
右折するために再びアクセルに手をかけたところで。

僕からは死角となるカーブから速度を上げたまま坂を降り、
急スピードで交差点へ飛び込んでくるバイク便業者の大型バイク。


バイクのヘッドライトによる、強い光。
『アッ! やばい!!!』


相手のバイクに押されたまま、坂を滑り落ちる。
衝撃音と、全身にかかる重力


ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!!!!
『ヤバイやばいヤバイやばい アカンあかんアカンアカンあかんあかんアカン!!!』



重力が最大にまで溜まった段階で、
ハンドルから手が離れた。
ゆっくりと流れていくように見えた、夜空。

『あっ、こりゃあ死ぬな。』

そこで意識は一旦途切れた。


その後、僕は身体全体で感じる道路の冷たさで意識を取り戻し、
ゆっくりと目を開き、最初に歪な方向に曲がった、潰れた右手を目にした。

『やべぇ。今週の卒業かかったテスト、どうしよう。』

起き上がろうとして、力を入れたはずの利き足が地面を捉えられず、
左足の裏ではなく、左足の脛が地面に着いたことに気付いた直後に。
左足の踝がつぶれ、脛から足首が「ぶら下がっている」のを目にした。

『これはちょっと、、、しばらくサッカーはお預けかな。。。』

潰れたことによる変形と内出血により患部は腫れ始め、
利き手と利き足に巻いたおまじない代わりのミサンガが窮屈になる。
患部は紫色から、少しずつ青みを強めていく。

何度も失いそうになる意識が、焦点が合わさってくる痛みによって
その都度身体に引き戻される。


絶望、遠くなる意識、強い痛み。
痛みによりまた我に返り、どうしようもなく絶望する。


この後、自分が気付いていない頭へのダメージなどで、
死んでしまうのかもしれない。
という、鈍くて重い、恐怖に似た感情。



痛み、絶望。痛み、絶望。痛み、絶望。恐怖、遠ざかる意識、痛み。


その後、地面で痙攣したまま、
ぶつかった相手のバイク便ドライバーと、
彼が呼び寄せた同僚に罵声を浴びせられ、脅された。


救急車が来るまでの間、実家に電話をした。
救急隊員が電話に代わって症状を伝えるまで、
母と妹は僕の言っていることを信じなかった。



その後、僕を待っていたいくつもの出来事。


漸く到着した救急車の中や、
運び込まれた救急センターでの治療。

東京での短期入院。

ドラムとサッカーはできなくなるという診断。

麻酔が十分に効かない中での名古屋への搬送と再入院。

全身麻酔での手術。

体中に挿されたり、つながれたパイプや管。

我慢のできない痛み。

人からの裏切り。

改めて、ドラムとサッカーはできなくなるという診断。

現実に対する怒りと、裏切った人たちへの復讐心を糧にしたリハビリ。

一年後の再入院と手術。

再度のリハビリ。

手術跡。

そして今でも。そしていつまでも続く、患部の違和感と痛み。



そのどれもが最低で、最悪で。
自分の中で折り合いを付けるには、今のところ笑い話にするしか方法がない。


今になって、改めて思う。
いや、今でも、未だに思う。


僕はあの時、死ぬべきだった。
死んでおくべきだった。

僕は、死ぬことさえできない、クズだ。
ゴミ以下で、何の価値もない。


死ぬべきだった。死んでおくべきだった。死ねばよかった。死んでおくべきだった。
死ねばよかった。死んでおきたかった。なんで死ななかったんだ。死ぬべきだった。


おまえなんかあの時死んでおけよ、って思っているんだろう?
俺自身はもっと、 死んでおけばよかった って思っているよ。
いつもそう思っているよ。


僕は、自分の人生はあの時に「終わっている」のだと自分では思っている。

今の僕は、途切れなかった命の中を過ごしていているだけで。
まるで映画DVDの本編が終わった後の「特典映像」の時間のようだ。
「本編」である人生はあの事故でとっくに終わっているのだ。



夢なんてない。楽しいことなんて何も無い。嬉しいこともない。
本来死ぬべきだった人間がそんなことを追いかけてはいけないと思っている。



僕は残念ながら死ねなかった。

だからせめて、今まで迷惑をかけた分、
母親に対してはその「罪滅ぼし」をしなければいけないと思っている。

今はまだ「親孝行」の遥か手前、「罪滅ぼし」の中でも序盤のところだ。
それを達成することだけが僕が未だに命を与えられている理由であると考える。

だから、母の命が尽き、葬儀やら一連のタスクが済めば、
それ以降に僕にはやることは無いし、長生きしたいとも思わない。

だってあの時死んでおくべきだったのだから。



本来死んでおくべきだった人生で、どうやって落とし前を付けていいのかがわからない。


死ねばよかった死ねばよかった死ねばよかった死ねばよかった死ねばよかった。



年月が過ぎても、事故現場に来ると良い気分はしない。
気分が悪くなる。頭が痛くなる。



右手の骨や軟骨や筋力。間接の稼動範囲。
左足の内踝や、軟骨や間接の柔軟性。
それに連動した、あらゆる可能性。

無形、有形を問わず、無くしたものが多すぎる。


反対に何か得たものはあるのか?

わからない。
絶望と、手術跡と、痛みと違和感と不平と不満ぐらいか。




僕を裏切った人間や、これから裏切る人間には、
僕と同じような目に遭って、同じような痛みを感じてほしい。
あなたたちにも、どうか激しい痛みの中で絶望する気持ちを存分に味わってほしい。


そしてそんなことを願う僕には、
あれ以上の痛みと、絶望が与えられるべきだ。


あの時、死んでおくべきだった。

どうしてこうなってしまったのかがよくわからない。


あの時、死ねばよかった存在なのに。

| leftyimpostor | その他 | 23:02 | comments(1) | - | pookmark |
2008年を振り返って
人を不愉快にさせ、傷付ける以外に何も生み出さない言葉を。
ドブのように臭い息にまじって吐き出す。


澱んだいやらしい目で見ようとするのは、
人の弱みや、付け入るスキばかり。


人の信頼は裏切り続け、
誰かを信用しようともしない。



クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが



世の中には2種類の人間しかいない。
オレをまだ知らない人と、オレのことを嫌う人だ。



お前ら全員、オレのことを見下しているんだろう?
オレはお前ら全員をバカだと思っているよ。



死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。死ねば良かった。




何かのタイミングでふと思い出したときに
その日の気分を台無しにするようなとても不愉快なことを
お前らの楽しい日常の中、ふいに楔を打ち込むように近くに現れて植え付けてやる。



苦しめ。苦しみやがれ。



こんなゴミのような年月を1年分、新たに積み重ねることを終えようとしています。


2009年もこのような感じで。

何も楽しいことは無く。

楽しいことも、嬉しいことも無く。

大切に思う物事や、人もなく。

そんなふうに無駄に過ごしていくのでしょう。



どうやったら落とし前が付けられるのかがわからない。
死ねば良いのに。

あのとき、そのまま死んでおけば良かったのに。


ってな感じで皆様良いお年を。
| leftyimpostor | その他 | 23:58 | comments(0) | - | pookmark |
僅かでも、確かな一歩。
10月16日、木曜日。
月や週のアタマでもない、何とも中途半端な日に突然呼び出された。
何故だか会社の取締役会メンバーたちに。


特に「昇進」とか「出世」ではなく。
役職に付いたり、給料が上がるワケではないのだけど。



急に社内のインターナショナルチームに抜擢された!!



正直嬉しさよりも先に驚きに支配されたのだけど。

入社1年半近くが経過した頃に
自信と成果があれば立候補しようと思っていた仕事に、
入社半年程度の今、上からの指名で抜擢されたのは光栄だ。


年内はいま自分が抱えてるクライアントさんや仕事は手放せないので。
暫くは「日本国内」と「海外事業」の両輪を担当しないといけない。
今以上に慌ただしく、密度の濃い時間に身を置くこととなる。



それでも、ヒリヒリとした緊張感の中、
自分の語学力と、アタマの回転速度を武器に全力で戦いたい。
そして成果を出し、
クライアントには信頼され、
味方には頼りにされ、
コンペティターには恐れられるような。

そんなレベルに成長したい。
期待された以上の成果を導き出したい。


来年からは海外出張も定期的にある。
今まで以上に広いフィールドで、大きな仕事。
プレッシャーに負けることなく、貪欲に挑戦したい。


自分の限界に挑むようにいつも働き、しっかりと母親孝行するのだ!!!

081019_1426~01.jpg


画像は、自分へのお祝いに購入した、
今シーズンの我が名古屋グランパスのユニフォーム。


これを機に、より一層気を引き締める次第である。

↓こんな感じで。

081019_0053~01.jpg
| leftyimpostor | その他 | 15:37 | comments(0) | - | pookmark |
休みなんて。
3連休なんていらない。
週末って何なのさ。

何もやることが無いぜ。


今はサッカーチームに所属していないので、
日曜の予定はまっさらで持て余す。
その上、月曜も休みだなんて。


土曜日。
掃除と洗濯とアイロン掛けを済ませる。
そして、夏から通い始めた接骨院でリハビリを行う。
これでどうにかして1日を潰すことに成功する。

ただ、そうすると。
残り2日間、何もやることがない。


誰とも話をすることがない。

会う人もいない。

たまにメールを送っても、誰からも返事は来ない。

受信するのは、広告メールばかり。



これから死ぬまで、毎週末、
こんなにつまらない思いをしなければならない。

ならば、その週末の回数が少しでも少なくありますように。


毎週、自宅で絶望する。
毎週、自宅で絶望だ。


クソつまらない人間。
くそつまらないにんげん。
クソツマラナイニンゲン。


あの時、死ねば良かったのに。
あの時、死んどけよ。
クソが。
死に損ないが。


早く毎週サッカーがしたい。
| leftyimpostor | その他 | 22:36 | comments(0) | - | pookmark |
断、断筆宣言。
特に何がどう、ってことではないのですが。

しばらくほったらかしにしていたブログをまた書き始めます。

書き始めますよ。

や、別に何がどう。というワケでもないのですが。

日常のことや非日常のこと。本音とタテマエと作り話と嘘。


ま、そんな感じで。

今後ともどうぞ。どーぞよろしく。
| leftyimpostor | その他 | 01:24 | comments(0) | - | pookmark |
マイ サード アニヴァーサリー
080118_2302~01.jpg

1月18日、23:00。


早いもので、事故から丸3年が経ちました。


恒例の現場参りに行ってきました。



2005年1月18日、23:00。

「それまで」の僕が死に、いくつかの物を失い。
「あれから」の僕が生まれ、いくつかの物を得ました。



おそらく一生消えないであろう手術痕と。
湿気や寒さに過剰に影響を受ける、患部。


「煩わしい」と感じることばかりである一方、
それが当たり前の身体、生活になりました。
慣れました。


命の重さ。身体の大切さ。

家族を中心とする、支えてくださった周りの人々。


感謝の気持ちを忘れることなく、自分らしく生きていきたいと思います。
| leftyimpostor | その他 | 23:56 | comments(0) | - | pookmark |
トゥーサウザンド エイトッ!!
明けましておめでとうございます。

大晦日の夜10時頃に泥のような眠気に襲われまして。
気付いたら早朝、いつのまにか年が明けていました。
よもや自宅で新年を迎えるなんて。

ご挨拶が遅れました。
「左足のペテン師」でございます。
2008年も昨年と同様、本人と本ブログを宜しくお願い致します。



では、1年前の年始の目標をざっと振り返ってから、今年の目標をば。


********************************************


はい、1年前のブログを読み返してきました。
んー、、、、、、、、 振り返ってみると。

なんだかそこそこ達成できていたような。そうでもないような。
いや、やっぱり全然ダメでしたね。。。

無駄ではなかったけれど、あらゆる面で決して満足はできない年でした。
反省を活かさないと。



さて。
では今年の目標といいますか、考えている事を。


2008年、今年で僕も28歳になります。

Mr.Childrenの『雨のち晴れ』という歌の中に、

♪ 若さで乗り切れるのも今年ぐらいだね〜 ♪

という歌詞がありますが。


本当、今年は「無邪気さ」や「がむしゃらさ」を武器にできる、最後の年だと思っています。
確実にオッサンへとメタモルフォーゼしていってますからね。。。


そこで。そんなラストシーズン。
せっかくだから思いっきり楽しみたいな、と思います。
「若さ」をどんどん焚いていきまっせ!!


僕の生活は「仕事」「サッカー」「ドラム(音楽)」の3本から成り立っているわけですが。
今まで以上に、そのどれに対してでも。

好奇心、成長欲などのポジティブな渇望感を持ち続けたいと思います。
楽しみながら、妥協しない心を大事にしないとね。


これまではいろんな面でヒヨりというか、変に遠慮があった場面なども多々あるのですが。
なんだか‘バランス感覚’とか‘思慮深さ’とか‘大人の考え’とやらをね。
決して逃げの姿勢で使うことはなく。

あらゆる面で貪欲にやっていこうと思います。
自分の中のプリミティブな思いに正直にね。


と、いうワケで。

相変わらず筆は乱れておりますが。
こんな感じで今年は生きていきます。

よくお会いする方々も、そうでない方々も。
2008年、引き続きよろしくお願いしますね。
| leftyimpostor | その他 | 20:41 | comments(0) | - | pookmark |
無職の戯言
具体的に、『終わりの始まり』がいつからだったのかが思い出せない。
いつからモチベーションが下降線を描き始めたのか。
夏が終わる頃だっただろうか。


11月2日の金曜日に勤めていた会社を辞めた。

「円満退社」とは違うし、後味も決して良いものではない。



2006年の9月に、6年半かけてやっと大学を卒業した。26歳。
「語学が得意」とは言っても、明確な資格は持たず。
ましてやロクな社会人経験も無い。

そんな僕に何かを見出してくれたのか、雇っていただくこととなった。
仕事始めは、2007年の1月。

最初から大手ではなく、中小企業に入りたかった。
小回りが利く会社にて、現場で悪戦苦闘したかった。

そしてさらに言うと、最初から長く在籍するつもりは無かった。
「長くても2年。早ければ1年半。」

同学年の人々より遅れた2年半分の社会人生活を追いつくこと。
社会の中で多少は使い物になるよう、自分を鍛えること。
その上で、更にステップアップをすることが目的だった。



今、「長く在籍するつもりは無かった」という箇所で、目的は半ばにして滞っている。



1月に入社してからは全てが斬新で興味深く、意味も無くやる気に満ちていた。
入社2日目に終電デビューをし、8日目に始発で帰宅したのを覚えている。

『研修期間』として3ヶ月が設けられてはいたものの、
2ヶ月目が終わる前に¥217万の広告企画を売り、それを受けて研修期間は終了。
給料も突然30%上がった。


給料について補足すると、毎月の『最低月給』が保障されており、
さらに毎月の働きぶりを社長が評価し、若干のボーナスが付くというシステムだ。
ただ、俗にいう『夏と冬のボーナス』というものは無い。
典型的な‘外資系中小企業’だ。

昇給などは6ヶ月に1回、各社員が社長と個人面談を行い、
交渉の結果によるとのことだそうだ。



3月。予定よりも早く一人立ちした僕には早速ノルマが与えられた。
<毎月¥200万の売り上げ>

そして、当初予定していなかった仕事も与えられた。
<月例イベントのプロデューサー>
<イベントの司会>
<社長の通訳>
<自社製作ブロードバンド番組のシナリオライター補助>
<自社製作ブロードバンド番組の声優>
<自社製作番組の俳優>


正直、パンクしそうだった。
ノルマ達成に集中していては、他の業務に手が回せない。
他の業務に時間を取られては、ノルマ達成が叶わない。
そしてそれは、そのまま当月限りの解雇を意味する。


結果、9月までは毎月ノルマを達成した。
他の業務も責任を持ち、クォリティーの高い仕事をしてきた。


その間、過労からか2回血を吐いた。

「月曜の朝に起床して、次に自宅のベッドで眠れるのは木曜」
そんな週が何回もあった。

19時(夜7時)退社を謳う会社なのに、
朝7時に帰宅するのなんてザラだった。
一旦帰宅してシャワーを浴び、着替えてすぐに出社した。


体はとてもキツかったが、
自分の担当した仕事が世に出るのは誇らしかったし、
これまでウチとはディールしてくれなかった企業が
僕になって初めて企画を買ってくれた喜びは大きかった。

大手企業に一人でプレゼンに向かうのは、
緊張感とともに刺激があった。

‘やりがい’は確かにあったんだよ。


それなのに。

順不同で書いていくが、いくつもの点が重なり、
僕の中に虚しさのようなものが出来上がっていった。

・自分が相手にプレゼンする際の自社データが、
‘大人の都合でとても大きく四捨五入’されていたことを知った。

・月分以降の給与に関しては、
『月ごとの社長査定ボーナス』はほとんど無かった。

・具体的な数値を基に、自社が決して左ウチワではないことを聞かされた。
(入社時には順風満帆だと聞いていた)

・6ヶ月に1度の社長面談で、納得いく話を聞かされなかった。

詳しく書く。

ノルマである
<毎月¥200万の売り上げ>
に関しては良くこなしている、とのことだが。

それ以外の下記、
<月例イベントのプロデューサー>
<イベントの司会>
<社長の通訳>
<自社製作ブロードバンド番組のシナリオライター補助>
<自社製作ブロードバンド番組の声優>
<自社製作番組の俳優>

に関しては『評価の対象としない』との意見であるとのこと。

理由としては『企画・営業』として入社しているので、
それ以外の業務は『本職ではない』扱いであり、
それ故に『評価の対象とならない』とのことである。

これで、完璧に気持ちが冷めた。
「ご苦労さん」の言葉ひとつも無く、ましてや給与に反映もされない。
そして、『評価の対象とされない』仕事ばかり、勝手に増やされていく。

そのような中で働けるほど、僕はお人好しではない。

ウソをついてまで売り上げを得ようとは思わない。


10月分のノルマを『ワザと達成できない』ようにし、退社を狙った。
給与大幅カットによる11月の雇用という話も出たが、
教科書には載ることのない英語でお断りさせていただいた。


同僚の人たちには概ね良い印象を持っているが、
会社(ほぼ同義で社長個人)には憤りを感じている。
残念だ。



今は転職活動をしている。
年末が近い中なので、シーズンは悪いのかもしれない。

でも、どこか縁があるところに雇ってもらえると思っている。
悠然と構えてはいないが、変に焦っているものでもない。

これはこれで、この状況も楽しんでみようと思っている。
近いうちに、就職報告をこのブログでできることでしょう。


次は、土日が休みで、毎日家に帰れる仕事に就きたい。

わがままでしょうか。



ネガティブな感情をたくさん書くのは
自分のブログでもなんだかなぁ、ですね。

| leftyimpostor | その他 | 04:42 | comments(0) | - | pookmark |
大阪出張
20070420_334896.jpg
もちろん仕事で、『出張』で大阪にいたので。
遊びに行かないのは、これはもう当たり前のことなんですが。

睡眠時間もジャスト ライク ビーイング アット トウキョウ。。
いやはや。


↑画像は、宿舎にチェックインした後あと、夕食に出かけた際に会った御仁。

や、これもベタ過ぎてアレなんですが。
一応記念にね。


よし、実家に着いたらゆっくりしよっと。1泊だけどね。


次回は、以前に多方面で好評(!?)だった我が家の猫の写真を載せる予定です。

たぶん、ね。
| leftyimpostor | その他 | 18:47 | comments(0) | - | pookmark |
大阪出張
20070420_334886.jpg
大阪出張、全日程が終了です。
只今、新大阪発の新幹線の中です。

いやぁ、勝手がわからない土地なのでバタバタしましたよ。

会社で徹夜してそのまま出張に向かったためか、ずっと時差ボケ感覚が。。
国内なのにね。

↑画像は、昨夜宿舎に向かう途中に撮った1枚。

や、ベタなんですが。
一応記念にね。
| leftyimpostor | その他 | 18:34 | comments(0) | - | pookmark |
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